交通事故とむち打ち|むち打ちに係る後遺障害認定基準と慰謝料額
交通事故に遭って、特に外傷はないのに首や腰が強く傷み、仕事や家事ができなくなる。そのような症状は、いわゆる「むち打ち」といいます。
このような場合、治療費や休業損害等以外に、交通事故の賠償実務ではどれだけの賠償をしてもらえるのでしょうか。また、その場合にはどのような手続きを経る必要があるのでしょうか。
以下、むち打ちと後遺障害認定の慰謝料について解説します。
このコラムの目次
1.むち打ちとは
(1) むち打ちの症状
むち打ちとは、「非接触の急激な加速・減速による頭頚部の外傷」などといわれ、要するに、頭や首を打ったわけではないが、車の急加速・急減速で、頚椎部がひっぱられたことによる該当部分への外傷のことです。
むち打ちの症状として、受傷直後は、頭がボーっとした状態、緊張感、吐き気、頭痛又は上肢の痺れなどがあり、重傷の場合を除き、大部分は数時間で消失します。
次に、急性期(受傷後2週~4週間)の症状としては、頭痛、肩こり、吐き気又は上肢の痺れなどがあります。さらに急性期以降の慢性期以降の症状としては、頭痛、めまい、吐き気、耳鳴り、不眠等の症状があり、これらについても大部分は1か月ほどで消失します。
以上のとおり、むち打ちについては多様な症状が生じますが、その原因については医学的に解明されておらず、科学的な知見よる診療指針も確立されていないというのが実情です。
(2) 裁判例の評価
上記のようなむち打ちの医学的な状況を踏まえて、裁判例においては、
衝撃の程度が軽度で、損傷が筋肉、靭帯、自律神経等の頚椎部軟部組織に留まっているような場合には、数日間又は10日程度の入院安静が必要となるほかは、それ以後は、多少の自覚症状があるとしても、日常生活に復帰させて適切な治療を施せばほとんどの場合1か月以内、長くとも3か月以内には通常の生活に戻ることができるのが一般的である
とされています。
このような裁判例に基づいて、保険会社は、治療費の打ち切り時期を1か月ないし3か月としているのかもしれません。
2.後遺障害等級との関係
(1) むち打ちと後遺障害認定
しかし、むち打ちの症状の全てが、上記のとおり1か月~3か月で消失するものではありません。
症状固定(治療を継続しても症状の改善が見られなくなる状態)時期以降も症状が残存し、これが以下に掲げる「後遺障害」に該当するのであれば、後遺障害等級を取得することができ、これに対応する後遺障害慰謝料、後遺障害逸失利益の損害賠償を加害者に請求することができます。
(2) 後遺障害等級
後遺障害等級は、自賠法施行令の別表として定められています。
この記事では、むち打ちの場合に問題となる後遺障害等級第9級、第12級及び第14級を解説します。
(3) 後遺障害慰謝料の基準について
後遺障害を負ったことに対する精神的な苦痛を金銭で評価したものを、後遺障害慰謝料といいます。交通事故の慰謝料には3つの基準があります。
自賠責基準、任意保険基準、裁判基準です。
①自賠責基準
強制保険である自賠責保険が定めた基準に基づく後遺障害慰謝料です。
②任意保険基準
自賠責保険でカバーしきれない損害を保証する任意保険会社が定めた基準です。他の2つの基準の中間の金額になることが多いですが、各保険会社で基準が異なるため、基本的に非公開となっています。
③裁判基準
裁判で損害賠償請求訴訟を提起するときに慰謝料の算定の基礎となる裁判基準に基づく慰謝料です。
②については明確な金額が公開されていないため、以下では①と③について比較していきます。
参考1:自賠責基準による後遺障害慰謝料
第1級 |
第2級 |
第3級 |
第4級 |
---|---|---|---|
1100万円 |
958万円 |
829万円 |
712万円 |
第5級 |
第6級 |
第7級 |
第8級 |
599万円 |
498万円 |
409万円 |
324万円 |
第9級 |
第10級 |
第11級 |
第12級 |
245万円 |
187万円 |
135万円 |
93万円 |
第13級 |
第14級 |
|
|
57万円 |
32万円 |
|
|
参考2:裁判基準による後遺障害慰謝料
第1級 |
第2級 |
第3級 |
第4級 |
---|---|---|---|
2800万円 |
2370万円 |
1990万円 |
1670万円 |
第5級 |
第6級 |
第7級 |
第8級 |
1400万円 |
1180万円 |
1000万円 |
830万円 |
第9級 |
第10級 |
第11級 |
第12級 |
690万円 |
550万円 |
420万円 |
290万円 |
第13級 |
第14級 |
|
|
180万円 |
110万円 |
|
|
3.後遺障害第9級
後遺障害等級別表(9級10号抜粋)
等級 |
要件 |
後遺障害慰謝料【自賠基準】 |
後遺障害慰謝料【裁判基準】 |
---|---|---|---|
9級10号 |
神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの |
245万円 |
690万円 |
9級10号に該当する場合には、後遺障害慰謝料は、自賠責基準で245万円、裁判基準で690万円です。
(1) 該当する症状
- 通常の仕事や家事を行うことはできるが、激しい頭痛により時にはこれらの労務に従事することができなくなり、従事できる仕事や家事の範囲が著しく制限される場合。
- 通常の労務に服することはできるが、めまいなどの失調又は平行機能の障害のために、眼振(眼球がけいれんしたように動いたり揺れたりすること)その他の平行機能検査に明らかな異常所見が認められ、就労可能な職種の範囲が相当程度に制限される場合(めまいの場合には、単に被害者が症状を自覚・主張するだけでなく、検査により異常が検知されることが必要となります)。
- 激しい疼痛により、従事できる仕事や家事の範囲が著しく制限される場合(いわゆるカウザルギー)。
- 慢性期において関節拘縮(関節が固くなって思うように動かせない状態のこと)、骨の萎縮、皮膚温の変化、皮膚の萎縮等の皮膚の変化が認められる場合(いわゆる反射性交感神経ジストロフィー(RSD))。
4.第12級
後遺障害等級別表(12級13号抜粋)
等級 |
要件 |
後遺障害慰謝料【自賠基準】 |
後遺障害慰謝料【裁判基準】 |
---|---|---|---|
12級13号 |
局部に頑固な神経症状を残すもの |
93万円 |
290万円 |
12級13号に該当する場合には、後遺障害慰謝料は自賠責基準で93万円、裁判基準で290万円です。
12級該当するためには、「他覚的証明」が必要でありますが、その内容として画像上の異常が確認できない場合に、すべて12級該当性が否定されるわけではありません。
例えば、裁判例において、症状について受傷時から一貫して愁訴(痛みなどを訴えること)していること、及び軽度の脊髄圧迫があることなどの事情から、12級該当性が認められた事例があります。
(1) 「局部に頑固な神経症状を残すもの」とは
一般的には、神経系統の障害が他覚的に証明されるときにこの要件に該当するといわれています。そして、「他覚的に証明されるとき」とは、交通事故により身体に異常が生じ、医学的な見地からその異常により現在の障害が発生しているということが、他覚的所見を下に判断できることです。すなわち、症状の原因が何であるかを証明されることです。
したがって、被害者が痛み、めまい等が誇張ではないと信じられる場合であっても、それのみでは、「他覚的に証明されるとき」に該当しないことになります。
他方、画像等から神経が圧迫されていることが窺え、かつ圧迫されている神経の支配領域(神経がつながっている体の部位)に神経障害等の異常所見が確認できるような場合には、「他覚的に証明されるとき」に該当します。
(2) 該当する症状
- 通常の労務に服することができるものの、時には労働に差し支える程度の強い頭痛が生じる場合。
- 通常の労務に服することができるものの、めまいの自覚症状があり、かつ眼振などの平衡機能検査に明らかな異常所見が認められる場合(9級の場合と異なり、就労可能な労務の範囲が相当程度制限されていなくとも、12級は認められることになります)。
- 通常の労務に服することができるが、時には労働に差し支える程度の疼痛が生じる場合(いわゆるカウザルギー。9級と異なり、従事できる仕事や家事の範囲が著しく制限されているということが認められなくとも12級には該当することとなります)。
- 慢性期において関節拘縮(関節が固くなって思うように動かせない状態のこと)、骨の萎縮、皮膚温の変化、皮膚の萎縮等の皮膚の変化が認められ(いわゆる反射性交感神経ジストロフィー(RSD))、その上で、労働に差し支える程度の疼痛が生じる場合。
5.第14級
後遺障害等級別表(14級9号抜粋)
等級 |
要件 |
後遺障害慰謝料【自賠基準】 |
後遺障害慰謝料【裁判基準】 |
---|---|---|---|
14級9号 |
局部に神経症状を残すもの |
75万円 |
110万円 |
14級9号に該当する場合には、後遺障害慰謝料は、自賠責基準で75万円、裁判基準で110万円です。
14級と12級との線引きは具体的な事例によるほかないのですが、たとえば、画像上では、神経が圧迫されているような所見は認められなくとも、正常とはいえない所見がある場合には、医学的に証明可能とはいえず(12級には該当せず)、医学的説明可能であるとして14級該当性が認められたような場合があります。
(1) 「局部に神経症状を残すもの」とは
「局部に神経症状を残すもの」とは、一般的に神経系統の障害の存在が医学的に説明可能な場合とされています。
すなわち、神経障害の存在は証明できなくとも、被害者の愁訴する症状の発生が医学的に説明できる場合に、これにあたるとされています。それゆえ、被害者の主張する症状と残存している症状が整合していることが必要とされています。
例えば、腰を打撲したという状況で交通事故から一貫して腰ではなく頭痛を主張しているような場合には、特別の事情を証明しない限りは、被害者が主張する症状と残存している症状が整合しないことになり、医学的に説明可能とはいえません。
(2) 該当する症状
- 通所の労務に服することができるが、頭痛が頻回に発現しやすくなっている場合(12級のような労働を差し支える程度の頭痛の強度は必要とされていません)。
- めまいの自覚症状があり、眼振その他平衡機能検査の結果で異常所見が認められないものの、めまいがあることが医学的にみて合理的に推測できる場合(12級と異なり、平衡機能検査での異常所見は必要とはされていません)。
- 通常の労務に服することはできるが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残す場合(受傷部位と疼痛の関係が医学的に説明できる場合)。
なお、カウザルギーやRSDに至る場合には、14級ではなくて12級以上となります。
6.むち打ちと入通院慰謝料
入院慰謝料とは、交通事故により受傷したため、医療機関に入通院を余儀なくされたことに対する精神的な苦痛を金銭に評価したものです。
入通院慰謝料についても、自賠責基準・任意保険基準・裁判基準がありますが、今回は後遺障害慰謝料と同様に、自賠責基準と裁判基準についてのみ詳しく解説します。
(1) 自賠責基準
自賠責基準とは、自賠責保険の保険金支払のための基準であり、自賠の運用基準により入通院慰謝料が定められております。
具体的には、入通院の実日数(実際に入通院した日数)×日額4,300円です。
(2) 裁判基準
一方、裁判基準で用いる入通院慰謝料の算定基準には、いわゆる別表Ⅰと別表Ⅱがあります。いずれも「赤い本」に掲載されています。
別表Ⅰ:抜粋
|
入院 |
1月 |
2月 |
3月 |
4月 |
5月 |
6月 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
通院 |
\ |
53 |
101 |
145 |
184 |
217 |
244 |
1月 |
28 |
77 |
122 |
162 |
199 |
228 |
252 |
2月 |
52 |
98 |
139 |
177 |
210 |
236 |
260 |
3月 |
73 |
115 |
154 |
188 |
218 |
244 |
267 |
4月 |
90 |
130 |
165 |
196 |
226 |
251 |
273 |
5月 |
105 |
141 |
173 |
204 |
233 |
257 |
278 |
6月 |
116 |
419 |
181 |
211 |
239 |
262 |
282 |
別表Ⅰとは、交通事故に係る原則的な入通院慰謝料を定めた表です。これは入通院期間の経過、治療とともに症状が改善していくことに鑑みて、期間ごとの慰謝料の額が減少していくようになっています。
例えば、9級や12級相当のむち打ち症の場合にはこれに該当することになります。
なお、通院が長期にわたる場合で、週2回に満たない通院日数の場合には、症状等を踏まえて実通院日数の3.5倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることがあります(正通院期間を限度とします)。
例えば、入院期間が3か月で、通院期間が3か月の場合であれば、横軸の入院期間3か月と縦軸の通院期間3か月が交差する点上の188万円が入通院慰謝料となります。
また、上記の例で、通院が週2回に満たないような場合(実通院日数が20日とします)には、入院は3か月ですが、通院期間は、実通院日数20×3.5=70日<通院期間90日ですので、70日を採用します。
これを上記の表に当てはめると、177+(188-177)×10/30=180万6666円を慰謝料額とします。
別表Ⅱ:抜粋
|
入院 |
1月 |
2月 |
3月 |
4月 |
5月 |
6月 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
通院 |
\ |
35 |
66 |
92 |
116 |
135 |
152 |
1月 |
19 |
52 |
83 |
106 |
128 |
145 |
160 |
2月 |
36 |
69 |
97 |
118 |
138 |
153 |
166 |
3月 |
53 |
83 |
109 |
128 |
146 |
159 |
172 |
4月 |
67 |
95 |
119 |
136 |
152 |
165 |
176 |
5月 |
79 |
105 |
127 |
142 |
158 |
169 |
180 |
6月 |
89 |
113 |
133 |
148 |
162 |
173 |
182 |
別表Ⅱとは、主として他覚的所見のないむち打ち症の場合に用いられる基準であり(上記の14級の事例の一部がこれにあたります)、症状の程度を考えて、別表Ⅰに比べて慰謝料の額は低く抑えられております。
なお、通院が長期にわたる場合には、症状等を踏まえて、実通院日数の3倍程度を慰謝料算定の通院期間とされることがあります。
例えば、入院が1か月、通院期間が4か月(実通院日数が1か月)の場合、入通院慰謝料の算定の基礎とする通院期間は3か月(通院期間4か月≥実通院期間1か月×3=3→3か月)となります。
そして、横軸の入院期間1か月と通院期間3か月の交差する点にある83万円が入通院慰謝料となります。
7.むち打ちでお悩みの被害者の方は弁護士に相談を
むち打ちに係る後遺障害等級及び慰謝料については上記のとおりですが、具体的な事案の処理については、法律の専門家である弁護士の助力を受けることを強くおすすめします。
泉総合法律事務所には、交通事故でむち打ちとなってしまったという方、むち打ちの治療後に保険会社から提示された慰謝料に納得がいかないという方も多くご相談にいらっしゃいます。解決実績が豊富な弁護士事務所ですので、どうぞ安心して無料相談をご利用ください。
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